プロジェクト立上げ時の        
      私たちの熱い思いとは・・・

CSR活動への想い

エージェントプラス代表の想い

私、橋口洋和は父親が宮之城、母親が出水の北薩出身です。その故郷を離れ中学校から
福岡県小郡市で育ちました。それ以来鹿児島に帰ることなく、福岡で生活をしています。
そして自身で福岡にて起業して、2015年に故郷鹿児島の地に、
錦を飾るべく株式会社エージェントプラスさつまを起業しました。
本来の業務であるWEB制作・プロモーションに励みながら、何かしら自分が生まれ
育ったこの土地に、何かしら恩返しできないのかな?と思いはじめました。
そんな中、ふと疑問を持ち始めました。田舎の祖母についてです。
歳相応で老いを感じる祖母ですが、「ちゃんとご飯食べてんのかな?」と思うことはあっても、
「美味しいご飯食べてんのかな?」とは、思わないな。と。必要最低限は
心配するものの、生活の質を意識して考えていないなと。
我々はインターネットを生業としています。よりインターネットを身近なものにしたい。
そのためには、やはりこの高齢者たちが身近に使えるものにしていけなければならない。
カタカナばかりで英語ばかりのこのツールをなんとか鹿児島の先人たちに
身近なものとして提供したい。私はそれを願い、ここに企業の社会的責任いわゆる
CSRとして、真摯に取り組んでいくこととします。

私は故郷を見捨てた側の人間です。あの北薩エリアに帰省することはあっても、
あの地を終の棲家にすることもないでしょう。あんな田舎で、利便性を失われ、
情報伝達も遅く、また、その地と関係ない家族を招き入れることもないでしょう。
結果、見捨ててます。
ただ唯一無二の故郷であります。そこで培った歴史は変えることができません。
なので、見捨てた側の人間として、せめて見届けるサービスはできないものか?と考えました。
「地方創生」すごく魅力ある言葉だと思います。ですが、私の故郷では難しいと判断します。
自分自身がそうですし、あの地で生活するというイメージが、現在の日本では、
描くことはできないかな?と思います。ですので、そこに残る先輩方の生活水準を守る
サービスが作れないものか?と考えています。滅びゆく我が街。故郷を見届けていく。
いつ訪れるか分からない終焉のときに向け、その地、その先人たちを見届ける。
そこがせめてもの罪滅ぼしになるのではないか?と決断しました。
「故郷のCSR 我が街のサスティナリビティ」時限的なものにはなりますが、
それが薩摩の先人たちへの我々が示すべき報いなのかなと。
まだ具体的に何をどうしていくのか?分かりませんが、とりあえず想いを伝え、共感し、
共にこの苦難に立ち向かい、没頭していく方々がいらっしゃいましたら幸いです。

中島の責任者としての誓い

CSR戦略事業部として

少子高齢化、核家族、情報化社会。
若者だけに限らず、どの世代にも携帯電話は当たり前となりました。
さらにスマートフォンやタブレットといった携帯型電子機器が主流となり、
テレホンカードが使える公衆電話を見つけることが一苦労な世の中になっています。
「呑ん方」が寄り合いに変わり、ネットワークと呼ばれています。
また、集落が社会に変わり、そして現代ではソーシャルと呼ばれてます。
その時代背景からも、世間ではSNSが広まり、
その便利な部分よりも、悪用されたニュースが連日放送され、
「インターネットやSNS」=「怖いもの」というイメージがあるのではないでしょうか。
なんとなく怖そうだからやらない、ということと、
便利さも怖さも理解した上で使う(使わない)ということでは大きく違います。
けれども、地方ではその理解できる機会が少ないのが現状です。
わかるために生涯学習を通して、IT・WEBツールを「使える」こと。
使えることで雇用の機会も増えるだけでなく、家族や地域、近所の仲間と「つながる」こと。
つながることで情報発信も可能となり、生活が「広がる」こと。
この「使える」「つながる」「広がる」きっかけづくりになればと事業部を立ち上げました。

まずはきっかけづくりの第一歩として、生涯学習としてのタブレット講座を始めています。
みなさまに来ていただくために、ラジオに出演したり、街頭でチラシを配ったり、
スーパーに掲示してもらったり。けれども、まだまだ人数は多くありません。
先日、講座を実施するために訪れた町で言われました、
「電話ができれば十分。スマートフォンでも使えないのに、タブレットなんて無理」と。
以前は私の母も同じことを言っていました。
けれど、あるきっかけで私がタブレットを渡して使い方を教えると、
実家に帰るたびに使い方の復習をしてきます。
日ごろも、テレビをみて気になった温泉宿をインターネットで検索したり、
数年ぶりの積雪の写真を撮ったり、LINEのスタンプを楽しそうに選んでみたり。
きっかけがあれば、教えてくれる人がいれば、やってみたいという想いは変わらず強いのです。
やはり、「きっかけづくり」から立ち上げたこの事業部は間違っていなかったと確信しました。
昨年の流行語が今ではもう耳にしないように、単なる流行りではすぐに衰退を迎えます。
私たちは、この事業を通して、流行りではなく文化をつくりたいのです。
みなさまに定着して、今後も使ってもらえるようなサービスをつくり、それが文化となる。
そんな想いをもとに、代表も事業部も一丸となって、今やっとスタートラインに立っています。

鹿児島県下、現状と未来